PROMINENCE 2 Lesson 1 Just an Ordinary Hero

Lesson 1 Just an Ordinary Hero
まさに普通の人のヒーロー

どのように暮らしていますか? 時には今まで望んでいた以上に幸せだと感じるかもしれませんし、今まで想像もできないくらいな困難に直面するときもあるかもしれません。人生では多くのことが起きては、過ぎ去っていきます。しかし、経験するすべてのことが、将来を形作るのに役立つことでしょう。子供の頃の苦労が、生き方を決めるのに役立った、一人のアジア人女性についての話がここにあります。

Part 1 本文和訳

忙しくて騒がしい朝が終わると、台湾の台東県の中央市場は、どの店も商売が終わって静かになります。1つの電球が野菜の売店を照らします。チェン・シュウ・チュウ(陳樹菊)さんは、午後のお客さんのために野菜をチェックしています。何年もの重労働のせいで、チェンさんの右手の指は曲がって膨らんでいますが、チェンさんは気にしていません。

チェンさんのお父さんが残してくれたのは、今、チェンさんが守っているお店だけです。チェンさんの主な関心は、お客さんが手ごろな値段で野菜を手に入れることです。チェンさんは小さな利益しか手にしませんが、チェンさんの倹約振りのおかげで、チェンさんより幸運ではない人たちに1,000万新台湾ドル(=3,800万円)以上を寄付できています。2010年、フォーブス誌やタイム誌のような多くの国際的な雑誌がチェンさんを2010年アジアで一番目立った人の一人に選びました。この女性の無私の気前の良さは多くの人の心を打ちました。

チェンさんは大きな利益を得て、世界的に有名になることを気にしていません。実際に、チェンさんはニューヨークでのタイム賞に招待されましたが、拒みました。「これは競争なんかじゃないのよ。賞なんて欲しくなかったのよ。お金は困ってる人たちにわたってこそ価値を持つのよ」と、チェンさんは語りました。

Part 2 本文和訳

チェンさんは若いころ苦労を経験しました。小学校の教育を終えた後、お母さんをなくしました。お母さんが重症になったときに、家族はお母さんの治療のために前もってたくさんのお金を払わなければいけませんでした。お父さんは近所の人たちに試しにお金を無心してみましたが、お母さんを救うには遅すぎました。家族の中で一番年上の子供だったチェンさんは、勉強をあきらめて、人生をお父さんの野菜の売店で働くことに捧げたのです。

18歳のとき、弟が病気になりました。治療は1年以上続き、家族の生活は苦しくなりました。お医者さんたちは、家族に弟を国立病院に転院させるようにアドバイスをしたのですが、どうすればそんなお金があるというのでしょうか? 地元の小学校の一人の先生は募金活動を始めてくれたのですが、弟を救うことはできませんでした。

家族へのこのような親切な行為を経験して、チェンさんは、将来、貧しい人たちに役立つことを何かしようと心に決めました。2000年、貧しい子供を助ける基金を設立するためにチェンさんは100万新台湾ドル(=380万円)以上を寄付しました。2005年までに、新しい小学校の図書室を作るために450万新台湾ドル(=1,710万円)を寄付していました。

Part 3 本文和訳

チェンさんの気前のよい行為は、たくさんの人に次のような疑問を抱かせてきています――「彼女の秘訣って何なんだ? 野菜を売ってそんな大金を稼ぐのか?」

「必要なものだけを買うんです、そうすればたくさんのお金を貯められますよ!」と、チェンさんは言います。実際、チェンさんはどんなぜいたく品とも無縁の、とても質素な暮らしをしています。ぜいたく品が欲しいという気持ちをまったく持っていません。この暮らし方がチェンさんの生き方だとすれば、何のために生きてるの?って不思議になるかもしれません。仕事に喜びを見いだしています。仕事を通じて、チェンさんは寄付ができて、寄付を通じて、安らぎと幸せを見つけているのです。チェンさんがどのようにお金を稼いで、貯めて、寄付しているのかは次の通りです。

必要なものは食べ物と寝る場所だけです。他の物はすべて、チェンさんにとってはぜいたく品です。毎日の食事は、わずか約3ドルしかかかりません。硬い床の上で寝ます。野菜の売店で働き始めた、最初のころからの習慣です。「特に寒い冬場には、あったかいベッドは早起きができなくなるからねぇ」と、チェンさんは言います。寒い床の上で寝ることを心に決めているのです。寝過すという危険を冒す必要がない場所だからです。

Part 4 本文和訳

受賞してから、商売が変わっているのでしょうか? 「そんなには変わっていません」と、チェンさんは言います。

チェンさんは台東県では有名人になっています。たくさんのファンがカメラを持って野菜の売店に現れ、チェンさんと一緒のところを写真に撮りたいと思っています。しかし、チェンさんは気にしません。「わたしゃ何も特別なことはしてないわよ。困ってる人を助けてる人は他にもいっぱいいるんだから。みんな知らないだけなんだから」

広告を作りたいという会社が何社か、チェンさんにコマーシャルに出てくれないかとお願いしたことがありますし、銀行員たちは金銭面の管理をしようと話を持ち掛けてきています。チェンさんは丁重に全部お断りしています。「借りたお金を返すのは簡単なことでしょ、難しいのはね、恩をお返しすることなのよね」と、チェンさんは言います。お客さんがチップを渡そうとしても、受け取りはしません。「うちの売店で買ってもらうことがもう支援してくれてるってことだもの」と説明しています。チェンさんが出演したたった一つのコマーシャルは、最愛のお母さんを記念した中央健康保険局のためのものでした。チェンさんは出演料を一切受け取りませんでしたが、中央健康保険局から黒いTシャツを受けとりました。

今、チェンさんは新しい目標を持っています。貧しい子供たちが学校や、医療や、チェンさんが子供の頃に余裕がなくてできなかったことにお金を払うのに役立つ奨学金を設立することです。チェンさんは笑ってこう言います。「私の人生哲学は、自分の望むように自分の人生を送って、自分のしたいことをするってことなのよ。そして、次の規則に従って生きてるのよ――もし何かをすることで気になってしまうのだったら、それはよくないことに違いないし、そうすることで幸せになれるんだったら、正しいことに違いないのよ」