LANDMARK 2 Reading 2 My Education, My Future

Reading 2
My Education, My Future
わが教育,わが未来

みなさんの多くにとって,今日は学校(の新学期)の初日ですね。そして幼稚園に入ったみなさん,あるいは中学校や高校に就学するみなさんにとっては,新しい学校での初日ですから,少し不安になっているとしても理解できます。みなさんの中には,今とても気分がいい高校 3 年生もいると思います。(卒業まで)あとほんの 1 年ですからね。また,みなさんがどの学年であっても,おそらく,まだ夏(休み)で,今朝もう少しだけ長くベッドにいられたらよかったのにと思っている人もいるでしょう。

その気持ちはわかります。子どものころ,私の一家は数年間インドネシアで暮らしました。

母にはアメリカ人の子どもがみんな通う学校へ私を入れるお金はありませんでした。そこで母は,月曜から金曜まで,それも朝の 4 時半に,自分で私に補習授業をすることにしたのです。

ところが,私はそんなに早く起きるのがあまりうれしくありませんでした。何度も何度も,まさにその場の台所のテーブルで眠り込んでしまうこともありました。しかし,私が文句を言うたびに,母は私にお決まりの顔をして,「おいこら,こんなこと私だって楽じゃないんだからね」と言ったものです。

私たちは世界で最も熱心な先生や最も協力的な両親,それに最も優れた学校を持つことができます。そしてそのことは,みなさん全員が自分の責任を果たさない限り何ひとつ重要ではないでしょう。そういった学校に顔を出し,そういった先生の言うことに注意を払い,両親やおじいさん,おばあさん,その他の大人の言うことを聞き,成功するために必要な努力を費やさなければです。

それが今日,私が焦点を当てたいこと,つまり,みなさんのそれぞれが教育に対して持つ責任ということです。まずみなさんが自分自身に対して持つ責任ということから始めたいと思います。
みなさんのそれぞれ 1 人ひとりには何か得意なことがあります。みなさんのそれぞれ 1 人ひとりには何か優れたことがあるのです。みなさんには,それが何かを見つける責任が自分自身にあります。それこそ教育が提供できる機会なのです。

ひょっとすると,みなさんは優れた物書きになるかもしれません。ひょっとすると,本や新聞記事を書けるほど優れているかもしれません。でも,国語の授業のレポートを書いてみるまでは,そのことはわからないかもしれません。ひょっとすると,みなさんは革新者や発明家になるかもしれません。ひょっとすると,次のスマートフォン,あるいは新しい薬やワクチンを考えつくほど優れているかもしれません。でも,理科の授業の研究課題をやってみるまでは,そのことはわからないかもしれません。

ひょっとすると,みなさんは市長や上院議員や最高裁判所の判事になるかもしれません。

でも,学生自治会や討論部に参加してみるまでは,そのことはわからないかもしれません。みなさんが人生をどうしたいと思っていようと,そうするためには教育が必要だと保証します。みなさんは医者や教師や警官になりたいと思っていますか。看護師や建築家や弁護士や軍人になりたいと思っていますか。それらの職業のそれぞれ 1 つ 1 つに優れた教育が必要になるでしょう。学校を中退して,よい仕事にうまく落ち着くなんてありえません。

そのために勉強し,そのために教育を受け,そのために学ばなければなりません。

私が 2 歳のときに父は家族の元を去り,私はシングルマザーに育てられました。母はときどき請求書のお金を支払うのに苦闘し,ほかの子どもが持っているものを私たちにいつも与えられたわけではありませんでした。私の人生に父親がいないのを寂しく思うときもありました。孤独だったり,(周囲に)とけ込めないような気がしたときもありました。

それゆえ,私はそうすべきだったほどにはいつも集中していたわけではありません。自慢できないようなことをいくつかやって,そうなるはずだった以上に面倒なことにもなりました。そして私の人生はおそらく,さらに悪い方へ向かっていたかもしれません。

しかし私は幸運でした。私はやり直すチャンスをたくさん得て,大学へ行き,ロースクール(法科大学院)へ進んで,夢を追いかける機会を持ちました。大統領夫人である妻のミシェル・オバマにもよく似た話があります。彼女の両親はいずれも大学へ行ったことがなく,裕福ではありませんでした。しかし,彼女がこの国で最良の学校へ行けるように,ふたりは一生懸命に働き,彼女も一生懸命に勉強しました。

みなさんの中にはこのような利点を持っていない人もいるかもしれません。必要な支援をしてくれる大人が今までいなかったかもしれません。家族のだれかが失業して,(みんなに)行き渡るだけの十分なお金がないかもしれません。安全でないと感じる地域に住んでいたり,正しくないとわかっていることをするように強要している友だちがいるかもしれません。

しかし結局のところ,人生における事情,つまり,どのように見えるか,どこの出身か,いくらもっているか,家庭で何が起こっているかといったことですが,それは宿題をおろそかにしたり,悪い態度をとったりする言い訳にはなりません。先生に口答えをしたり,授業をさぼったり,学校を中退する言い訳にはなりません。それは,努力をしない言い訳にはならないのです。

みなさんが今いる場所によって,みなさんが最終的に至る場所を決められる必要はないのです。みなさんの代わりにみなさんの運命を描いた人はだれもいません。みなさんの未来はみなさんが築くのです。

テキサス州ローマのジャズミン・ペレスさんのような若者がいます。ジャズミンさんは初めて就学したとき英語が話せませんでした。彼女の生まれ育った町ではほとんどの人が大学に行きませんでしたし,彼女の両親のいずれも行ったことがありませんでした。しかし彼女は一生懸命勉強し,よい成績を修め,奨学金を得てブラウン大学に入り,現在は大学院に在籍して公衆衛生学を勉強し,ジャズミン博士になる途上です。

私はカリフォルニア州ロスアルトスのアンドーニ・シュルツ君のことを考えています。彼は 3 歳のときから脳のがんと闘っています。いろんな種類の治療や手術に耐えてきましたが,そのうちの 1 つが彼の記憶力に影響を与えました。それにより,学校の勉強をするのにずっと多くの時間が,それこそ余分に何百時間もかかりました。しかしアンドーニ君は決して(勉強で)後れをとったことはなく,今年の秋には大学へ進みます。

それから,私の地元,イリノイ州シカゴのシャンテル・スティーブさんがいます。最も物騒な地域で里子を預かる家庭から家庭へ転々としていたときでさえ,彼女は何とか地元の医療センターで仕事を得て,若者がギャングに関わらないようにするためのプログラムを始めました。そしてシャンテルさんは,優等で高校を卒業し,大学へ進学する方向に順調に進んでいます。

ジャズミンさん,アンドーニ君,シャンテルさんは,みなさんのどなたとも少しも変わるところはありません。ちょうどみなさんが(今)そうしているように人生で難題に直面しました。しかし彼らはあきらめることを拒みました。自分の教育に対して責任を負い,自分に目標を課すことに決めました。私はみなさんにも同じことをしてもらいたいと思います。

そういうわけで今日は,みなさんのそれぞれに自分の教育に対する目標を課すこと,そしてそれを達成するために全力を尽くすことを求めているのです。みなさんの目標は,宿題を全部やったり,授業で集中したり,毎日読書に時間を費やしたりするのと同じくらい簡単なことで構いません。課外活動に参加しようと決意したり,あるいは地域社会でボランティアをしようと決意するかもしれません。私もそうですが,すべての子どもたちは勉強し学習するための安全な環境を与えられてしかるべきだと考えて,何者であるか,あるいはどう見えるかが理由でからかわれたり,いじめられたりしている子どもたちを守ろうと決意する人もいるかもしれません。もっと進んで勉強できるよう,もっと体に気をつけようと決意する人もいるかもしれません。

みなさんがどんなことをしようと決意するにせよ,それに専念してほしいと思います。それに実際に取り組んでほしいと思います。成功することは厳しいものです。勉強する科目をすべて好きになることはないでしょう。

すべての先生とウマが合うわけではないでしょう。すべての宿題が今すぐみなさんの生活に関連があるようにはまったく思えないでしょう。そして,初めて試みるときに必ずしもすべてのことに成功するわけではないでしょう。

それでいいのです。世界で最も成功した人の中には,最も多くの失敗を重ねてきた人もいます。J.K.ローリングの最初のハリー・ポッター本は,出版にこぎつけるまでに 12 回も拒絶されました。マイケル・ジョーダンは,高校のバスケットボールチームのメンバーから外されましたし,選手生活を通じて,何百回もの試合に負け,何千本ものシュートを外しました。しかし,かつて彼は「私は人生で何度も何度も失敗してきた。そしてそのおかげで成功できたのさ」と言いました。

こうした人たちが成功したのは,失敗によって自らを特徴づけてはいけないということ,つまり失敗から学ばなければならないということを理解しているからです。失敗から,次回はどう異なる行動をすべきかを明らかにしなければなりません。面倒なことになったからといって,それはみなさんが問題児だというわけではなく,行儀よくふるまえるよう,さらに一生懸命に努力する必要があるということです。悪い成績を取ったからといって,それはみなさんの頭が悪いというわけではなく,単にもっと勉強に時間をとる必要があるということです。

生まれつき物事をうまくできる人は 1 人もいません。勤勉によってうまくできるようになるのです。新しいスポーツを初めてプレーするとき,みなさんは学校代表チームの選手ではありません。歌を最初に歌うとき,みなさんが正しい音をすべて出せるわけではありません。

練習をする必要があるのです。それは学校の勉強にも当てはまります。数学の問題をきちんと理解する前に,何回か解かなければならないかもしれません。何か(読み物)を理解する前に,何回か読み返さなければならないかもしれません。レポートが提出してもよいできになる前に,何回か下書きをしなければならないかもしれません。

質問をすることを恐れてはいけません。必要なときに助けを求めることを恐れてはいけません。私は毎日そうしています。助けを求めることは,弱さの表れではなく,強さの表れです。そうすることで,何かを知らないときにそれを認め,新しいことを学ぶ勇気があるとわかるのです。

そこで今日は,みなさんに尋ねたいと思うのですが,みなさんはどのような問題を解決しますか。どのような発見をしますか。