LANDMARK 2 Lesson 4 Chanel’s Style

Lesson 4
Chanel’s Style シャネルのスタイル

Part 1 本文和訳

長い年月の間に一度,世界に力を持った革新者が現れます。最近の 1 つの例が IT 業界のアメリカ人リーダー,スティーブ・ジョブズです。彼は携帯音声プレーヤー,スマートフォン,タブレット PC のような多くの革新的な製品を導入し続けました。これらの製品は世界中で広く使われるようになり,今日の私たちの生き方を一変させました。スタンフォード大学の卒業式で,ジョブズは次のように述べて成功の秘訣を伝授しました。「私はこう確信しています。私を前進させ続けた唯一のものは,自分がすることを大好きだったということです。

みなさんも自分の好きなことを見つけなければなりません。」それほど昔のことではありませんが,世界に大きな影響を与えたもう 1 人の革新者がいました。彼女はファッション業界にいました。スティーブ・ジョブズのように,彼女は自分が好きなものを作り出すことによって大成功を収めました。彼女の名前はガブリエル・ココ・シャネルといいました。彼女の製品はその時代のニーズに応え,女性のファッションを根本的に変えました。彼女はかつてこう言いました。「私は自分が着たい服を着るだけ。私はいつも自分が着たい服を作るの。」

Part 2 本文和訳

19 世紀末,ヨーロッパの上流階級の女性は腰をコルセットで締めつけ,大きなワイヤーフレームの付いたスカートをはいていました。彼女たちはまた,頭に大きな装飾された帽子をかぶっていました。「私はあんなご婦人がたと同類になりたくないのよ」とシャネルは叫びました。彼女は小ぶりの帽子をデザインし始め,1908 年,パリに帽子のブティックを開きました。のちにシャネルは,自分が気に入り,着たいと思う着心地のよい服をデザインしました。もちろん,その服にコルセットは必要ありませんでした。

1914 年に第一次世界大戦が起こり,パリの金持ちも貧乏人も,その暮らしは必然的に変化しました。男性が戦場に行ったので,女性は男性の代わりにあらゆることをする立場に置かれました。こういった女性たちは楽に動いたり働いたりできるであろうシンプルで機能的な服を必要としました。シャネルの服は彼女たちのニーズに応え,パリで人気を得ました。

戦争のために,服の素材が不足しました。シャネルの関心は,以前は男性の下着にだけ使われていた素材であるジャージーに向けられました。1916 年,彼女はジャージーでできた柔軟性のある服を作り始めました。多くの女性はこの着心地のよい服を買うためにシャネルの店へ急ぎました。シャネルの「シンプルで」「着心地がよく」「便利な」というスタイルは現代ファッションに強い影響を与えました。

Part 3 本文和訳

シャネルは今では一般的な現代のファッション品の基礎を築きました。たとえば,彼女は女性の「パンツルック」を普及させました。当時,女性はスカートをはき,両脚を片側に置いて馬に乗っていました。しかし,シャネルは自らパンツをはき,男性のように馬に乗りました。この彼女のスタイルが女性のパンツの需要を生み出したのです。シャネルはこう言いました。「私はほかの女の子がスポーツをするからスポーツウェアを作ったんじゃないの。私
自身がスポーツをするからよ。必要に迫られて,私は自分のためにそれを作ったの。」

シャネルはまた,黒色のイメージを変えました。彼女が 1926 年に「リトルブラックドレス」を作るまで,黒は喪服に使われていました。そのドレスは有名なファッション誌で高い評価を得て,黒は服の人気色になりました。シャネルはこう言いました。「たいていの女も男も色のセンスがないわ。助言を求めるべきね。黒はすべての色で最高の色よ。女優や上流社会のご婦人やメイドのような,たくさんの人が私の作った服を着たわ。」

さらに,シャネルは女性用のショルダーバッグを初めてデザインしました。彼女は両手を使えるわけではないので,バッグを抱えるのをもどかしく感じていました。そのため,彼女は肩にひょいとかけられるようにバッグに革ひもを付けたのです。

Part 4 本文和訳

1939 年に第二次世界大戦が起こったとき,シャネルは突然ほとんどの店を閉じて引退しました。そのとき彼女はファッション業界に飽きたのだと言う人もいます。しかし 1954 年,70 歳のとき,彼女はファッション界に劇的に復帰しました。ヨーロッパでは彼女のスタイルは時代遅れだと批判されましたが,アメリカでは彼女のジャージーのスーツが大ヒットしました。「シャネルスーツ」と名づけられたそのスーツは,働く女性に非常に人気がありました。

シャネルはこう言いました。「私は論理的な人間だから実用的な服しか作らないの。アメリカ人の多くは現実的な人たちだから私の服を受け入れたのよ。」彼女は生涯,革新者であり続け,彼女の発明は多くの人々のライフスタイルに影響を与えたのです。シャネルは自分が必要とするもの,自分が欲しいもの,そして自分が好きなものを作りたいという強い熱意を持っていました。それが彼女の仕事を前進させた力でした。彼女が作り出した製品は世界に受け入れられ,最後に世界を変えたのです。