LANDMARK 2 Lesson 2 I’m the Strongest

Lesson 2  
I’m the Strongest ぼくは最強だ!

Part 1 本文和訳

「私は 1 人の成功した選手を知っているが,彼は私よりも偉大な挑戦を達成しようとし続けている。」世界で最も優れたテニス選手の 1 人であるロジャー・フェデラーは,1 人の日本人テニス選手に敬意を表しました。彼の名前は国枝慎吾といいます。彼は車いすテニスのトップ選手の 1 人で,長年,世界第 1 位にランクづけされています。

車いすテニスは世界の主要な車いす競技の 1 つです。パラリンピックでは正式競技の地位にあり,通常のテニスと同じ数のトーナメントがあります。そのルールは,1 つのことを除けば,通常のテニスのルールとほとんど同じです。選手はボールを打ち返す前に 2 回までバウンドさせることができるのです。車いすテニスでは,選手はテニスの技術だけでなく,車いすをすばやく正確にコントロールする技術を持つことを求められます。さらに,選手はプレー中,身体のコンディションに入念な注意を払う必要があります。

Part 2 本文和訳

慎吾は 1984 年に千葉県で生まれました。9 歳のときに脊髄のがんにかかり,慎吾は車いす利用者になりました。彼は 11 歳のときに車いすテニスをプレーし始めました。彼はスポーツの才能があったので,すぐにうまくなりました。
高校 1 年生のとき,彼は海外遠征に参加しました。息を呑むようなプレーを見て彼は驚きました。特に,当時ナンバーワン選手だったリッキー・モリール選手が慎吾を一番ぞくぞくさせました。「すごい!何という(すごい)選手なんだ!」モリールはパワーとテクニックでほかの選手を圧倒していました。「ぼくはいつか彼と試合をしたい。」その思いは慎吾に車いすテニスをする明確な目標を与えました。

2004 年,慎吾はアテネ・パラリンピックのダブルスで優勝しました。しかし,慎吾は常に優勝できるほど精神的に強くありませんでした。彼はそのパラリンピックに続く 2 年間,10位前後にランクづけされていました。この状況を変えた人物がメンタルトレーナーのアン・クインでした。彼女は慎吾に,鏡の中の自分を見ながら,毎朝「ぼくは最強だ!」と叫ぶように指示しました。彼はこれを行うことに半信半疑でしたが,それは彼にとって魔法の文句になりました。彼はすぐ自分の心から弱さが消えていくのを感じました。

Part 3 本文和訳

慎吾がトレーナーの助言に従い始めてから数か月後,彼はジャパンオープンのシングルスで優勝しました。これが彼の連勝の始まりでした。同年秋,彼はついに世界第 1 位にランクされました。翌 2007 年,23 歳のとき,彼は車いすテニス史上初めてグランドスラムを達成しました。

世界第 1 位にランクされてから,慎吾はかつてスランプに陥りそうになったことがあります。彼はほかのどの選手よりも強くなろうと懸命に努力し続けましたが,今や打ち負かす相手は 1 人もいなかったのです。彼はテニスをするモチベーションを失いかけていました。その後,彼は「自分のライバルは別の選手ではなく自分自身,つまり昨日の自分なんだ。彼より強くなる必要があるんだ」と気づきました。こう考えることで彼はスランプから救われました。そのとき以来,彼は「今日は昨日の自分より強くなって,明日は今日の自分より強くなるんだ」と考えながらプレーし続けています。「ぼくは最強だ!」これは彼が自分のラケットに貼り付け,難しい試合の間,心の中で唱えてさえいる文句なのです。

Part 4 本文和訳

北京パラリンピックのシングルスで優勝したのち,2009 年,慎吾はプロに転向すると宣言しました。彼はそれを行った日本人初の車いすテニス選手でした。車いす競技でプロになることには,克服される必要のある多くの試練を伴います。1 つには,選手がスポンサーを見つけることは難しく,彼らの多くはテニスの資金を欠いているということです。それでも,慎吾はそこに大切な意味があると信じたので,プロになる決心をしたのです。彼は言います。

「ぼくはいつか満員のスタジアムでプレーしたい。そして障がいのある子どもたちを奮起させ,『車いすテニスの選手になりたい』という夢を見させたい。それは健常な子どもたちがサッカー選手や野球選手になるのを夢見るのとちょうど同じである。」「ぼくはまた,人々に車いすテニスに興味を持ってもらいたい。だから勝つためだけじゃなく,勝つことで人々を魅了するためにもテニスをしていきたい。」

2012 年のロンドンにおいて,慎吾はパラリンピックのシングルスで 2 大会連続優勝しました。彼は優勝するためにプレーしています。自分の行動が,子どもたちが夢と希望を持つ励みとなるように願いながら。彼が少年のころに抱いたのとちょうど同じ夢と希望を。