GENIUS 2 Lesson 5 The World of Miyazawa Kenji is Our World

Lesson 5
The World of Miyazawa Kenji is Our World

Part 1 本文和訳

2008 年 9 月 21 日,午後の1時半,わたしは「イギリス海岸」に立っていました。といっても,それはイギリスにあるという意味での「イギリス海岸」ではありませんでしたし,それどころか海岸でもありませんでした。それは,宮沢賢治が「イギリス海岸」と名づけた,岩手県の花巻を流れる北上川の岸辺の一部でした。

賢治は生涯を通じて日本の外に出ることはありませんでしたが,想像力によって地球の隅々まで,さらには宇宙にまで出ていきました。生涯の大部分を花巻で送りながら,勉強に打ち込みました。想像力を通して彼を他の土地へと導いていったのは,知識を求める彼の飽くなき探求心でした。賢治は文学,詩,音楽,絵画,外国語などの勉強に没頭したのです。彼はまさに「世界人」でした。

どうしてまさにあの時刻を選んでわたしはイギリス海岸に立っていたのかと,お思いかもしれません。それまでも,1969 年を最初として何回か花巻には行ったことがありました。しかし,今回はそれまでの旅とは違っていました。宮沢賢治の死んだのが,1933 年 9 月 21日の午後1時半だったのです。今回の花巻への旅は,宮沢賢治賞の受賞のためでした。賢治が逝去してちょうど 75 年目に当たる年でした。

1時半に北上川の岸辺に立っていたとき,突風が吹きはじめました。その風はわたしの身体の中を吹き抜けていったと,わたしは確信しています。賢治は,空からやってくる風や光や雪は人間と交信をはかり,異次元の世界からのメッセージを送ってきているのだと信じていたのです。そのとき賢治はわたしに何かを伝えようとしていたのではないでしょうか?

Part 2 本文和訳

わたしは,ずいぶんと昔,はじめて日本の地を踏んだ 1967 年に賢治の作品を発見したときのことを思い出していました。わたしが友人に「一番美しい日本語の文学を書いているのは誰ですか?」と訊いたところ,幸いなことに友人は「宮沢賢治ですよ!」と答えてくれたのです。わたしはすぐに本屋に駆けつけ,賢治の作品を1冊買い求めました。その頃日本語はあまり読めませんでしたが,賢治の言葉の美しさと独創性は分かりましたから,彼の奇妙で愉快な,そして深く心を打つ作品にすっかり魅せられてしまいました。

その最初の作品がわたしを研究と発見の旅に駆り立て,その旅が 40 年間以上も続いています。

しかし宮沢賢治は,単に美しい短編と素晴らしい詩の作家であるよりもはるかに大きな存在です。彼は,21 世紀のわれわれに立ちふさがる大きな問題をどう理解し,どうやってそれに取り組んでいくことができるかをわれわれに教えてくれることのできる作家です。賢治は,あらゆる意味で,われわれの同時代人なのです。

しばらく歴史を振り返ってみましょう。

18 世紀は,われわれが生きる際の基準となる個人の権利と近代民主主義という現実的な観念を与えてくれました。19 世紀になると,奴隷は解放され,人々は平等を本当に信じるようになりました。そして 20 世紀は,女性や児童や少数民族に対する権利の認識が実現したのです。しかし,今世紀の「大テーマ」は何でしょうか?

わたしはそれは,われわれ人間がどういう風に自然とつながってゆくかの問題であると思います。今日人類が生き延びることができるかどうかは,どうやって自然を保護し,護ってゆくかにかかっています……自然というのは生きとし生けるものすべてを指すのみならず,われわれの山を,われわれの川を,湖を,海を,そしてわれわれの吸っているまさにこの空気をも指しているのです。

Part 3 本文和訳

宮沢賢治は作家で詩人であったにとどまりません。また科学者であり,宗教思想家でもありました。彼は観察と経験とから,われわれ人間は自分のことを「万物の霊長」と見なすことを止め,人間の仲間である動物たちを人間同然に扱い,われわれに与えられた天然資源を護るようにしないといけないことを学びました。この天然資源がなかったら,わたしたちが地球上に生きつづけることのできる可能性はありません。

賢治は菜食主義者でありました。大人になってからは,魚や肉は口にしていません。「フランドン農学校の豚」という物語では,主人公である豚は,農学校の人間たちが自分を殺そうとしていることを知ります。運のいいことに,その国の王様が新しい布告を発令します。動物から承諾書を得なければ動物を殺してはならないという布告です。

豚は承諾を与えることを拒否します。

賢治が言わんとしているのは,すべての生命は神聖なものであるということ,そして動物たちにもまた敬意とやさしさをもって対しないといけないということです。このことは,わたしたち人間が21世紀において学ばないといけない最も重要で肝心要のことであると,わたしは信じます。

賢治の「雪ゆき渡わたり」という美しい物語では,キツネたちが人間に道徳と善意を教えてくれます。賢治の信奉した仏教の教えのおかげで,賢治は動物たちを人間と同じ次元でとらえていたのです。

賢治は自分のことを宇宙の中のごく小さな元素としてみていました。生あるものはすべてたがいに繋がっていると感じ取っていたのです。北上川の水はミシシッピー川の水と同じであり,日本の東北の上空の空気は中国やロシアや,さら
にもっと遠くの国の空気とも同じであることを知っていました。

Part 4 本文和訳

2011 年 3 月 11 日の,原子炉の爆発事故を伴った東日本大震災の悲劇の体験により,日本と世界中の人々は,(イギリスの詩人ジョン・ダンの言葉を借りると)「何人な んぴとも孤立した島にあらず」という真理を思い知りました。人間はみんなおたがいの人生に責任を負っているのです。これが賢治の胸に秘めていた信念でした。

わたしたちは,いま,自分のライフスタイルと価値観をどう見るか,大きな転換期にさしかかっています。もしわたしたちが自分のことを「霊長」などと考えつづけていたら,自分の生きている自然環境を破壊してしまうことになるでしょう。わたしたちには革命が必要なのです───「幸福」という言葉が何を意味するか,その再定義を行ってくれる平和な革命が。幸福とは,単にたくさんのお金が遣えることではありません。わたしたち自身の幸福でさえ,大勢の他人の幸福で決まるのです。

賢治は,「世界がぜんたい幸福にならないうちは,個人の幸福はあり得ない」と書いています。これこそがわたしたちの 21 世紀のモットーでなくてはなりません。宮沢賢治は,わたしたちの 21 世紀の困難な道行きを導いてくれる日本の作家です。わたしたちが生き延びることができるかどうかは,わたしたちが自然の中で生きるというだけでなく,自然とともに生きることができるかどうかにかかっています。

わたしは,2008 年 9 月に北上川の河畔に立っていたときに我が身に起こったこと,そしてその日,風に乗ってわたしの身体の中に吹き込まれつつあったメッセージのことを,一生忘れることができないでしょう。