GENIUS 1 Lesson 5 Alex’s Lemonade Stand

Lesson 5

Alex’s Lemonade Stand

アレックスのレモネード屋台

Part1 本文和訳

たぶん、父の日についてはすでに知っていらっしゃるでしょう。しかし、父の日の前の週の金曜日、土曜日、日曜日に何があるのかご存じですか? 合衆国には、「レモネードの日」があります。夏に、小さな子供たちが自宅の前の庭でレモネードの屋台を開くのが、長い間の伝統になっています。お金を少し手に入れるために、子供たちは、のどのかわいた近所の人たちにコップに入ったレモネードを売ります。しかし、レモネードの販売から入ってくるお金は、アレックス・レモネード・スタンド基金(ALSF)と呼ばれる慈善団体に送られ、それから、小児がんの研究のために使われますから、「レモネードの日」は、他の日とは違って特別なのです。

ALSFは2005年に設立され、それ以来ずっと、大きな組織へと成長してきています。毎年、全米中のボランティアが、数千ものレモネード屋台を作ります。レモネード屋台の他にも、モジョ・モジョ毎年恒例のレモン・ボールや小児がん・チャリティ・サミットのようないろんな行事があります。アレックスと名づけられている競走馬さえいます。レースでアレックスが1着、2着、3着になるといつも、その馬の持ち主は寄付をします。

アレックスはどんな人で、なぜそんなにもたくさんの人がALSFを支援するのでしょうか?

Part2 本文和訳

アレックス・スコットは1996年1月18日、コネチカット州マンチェスターに生まれました。1歳の誕生日の少し前に、小児がんの一種だと診断されました。アレックスは24回も手術を受けましたが、ガンは完全には取り除かれませんでした。医師たちは両親に、アレックスは2度と歩けないだろうと言いました。しかし2週間後、両親が蹴ってみてと言ったとき、アレックスは少しだけ足を動かしました。2歳の誕生日までには、はって歩いて、脚に補強金具をつけて立ち上がることができました。アレックスは歩くのに十分な強さを身につけようと懸命に頑張って、快方に向かっているように思えました――ガンの再発という恐ろしい発見があるまでは。入退院を繰り返す生活が始まりました。

病院にいる間に、アレックスは、もう1人のガンの女の子と友達になりました。2人の女の子はお互いに励まし合い、いつか一緒に遊ぼうと約束しました。アレックスが退院できるほどよくなると、その友達にこう言いました。「世界中のお医者さんがガンの研究をしてるのよ。私たちを治す方法を見つけてくれるよ。2人ともよくなったら、外で遊べるね」

Part3 本文和訳

2000年、アレックスは4歳の誕生日の翌日、大きな手術を受けました。入院中、アレックスはたまたま、レモネードの屋台についてのテレビ番組を見て、ガン研究のためのお金を集めるためにレモネードを売るというアイディアを思いつきました。

「退院したら、レモネードのお店を持ちたいの。ガンの治療法を見つけるのに役立つように、売ったお金をお医者さんにあげたいの。」と、お母さんに言いました。その年の夏、アレックスとお兄さんのパトリックは、最初の「小児がんのためのアレックスのレモネード屋台」を自宅の前の芝生に作りました。アレックスは「レモネードの服」を着てとても嬉しかったのです。

近所の人たちはアレックスのレモネードを買いました。小さな女の子がガン研究のためにお金を集めているというニュースが広まりました。アレックスと家族は、ますます多くの人が50セントの飲み物を求めて列に並ぶのを見ました。アレックスと家族はアレックスがいつも通う病院のために2,000ドルも集めました。

2001年、アレックスと家族は、大きな病院でより進んだ治療を受けるために、ペンシルバニアに引っ越しました。アレックスにはレモネードを売ることはワクワクすることだとわかっていたので、レモネード屋台を毎年の恒例にすることに決めて、新しい自宅の前の庭に2つ目の「アレックスのレモネード屋台」を開きました。

Part4 本文和訳

アレックスは自分自身のガンと闘いながら、毎年レモネード屋台を開き続けました。「子供はみんな、自分のガンをなくしたいって思ってる」だから、小児がんの研究のためにお金を集めることは大事だと、アレックスは信じていました。

100万ドル集めたいの――2004年のある日、アレックスがテレビのレポーターにそう言っているのを、アレックスのお母さんは聞きました。100万ドル集めるなんてできるのかどうか、両親が聞くと、アレックスは「国中の人がレモネードのお店を作ったら、できると思うわ」と答えました。6月12日、アレックスの健康状態は悪くなっていましたが、5回目のレモネード屋台を作りました。同じ日、50の州全部と、カナダと、フランスでレモネード屋台は開かれました。30万ドルを集めて、最初の「全米レモネードの日」運動は大成功でした。

悲しいことに、アレックスがレモネードを売るのは最後でした。8月1日、アレックスは自宅で安らかにこの世を去りました。しかし、その年の暮れまでには、100万ドルを集めるというアレックスの夢が実現し、次の年には、勇気のあるこの女の子を記念してアレックスのレモネード・スタンド基金が設立されました。

アレックスの精神は、その基金で熱心に働くボランティアを通じて生き続けています。アレックスの精神は、お気に入りの格言によく表されています――「逆境にあっても、その中でベストを尽くせ!」