GENIUS 1 Lesson 2 Three Cups of Tea

Lesson 2

Three Cups of Tea

3杯の紅茶

Part1 本文和訳

私の名はグレッグ・モーテンソンです。1993年、地球上で2番目に高い山K2の山頂に到達しようとしました。頂上のすぐ近くまで行ったのですが、1人のメンバーがひどい病気にかかり、仲間の登山家たちと私は登頂をあきらめなければいけませんでした。ベースキャンプのうちの1つに帰る途中、私は道に迷ってしまい、パキスタンのコルフェという名前の小さな村に迷い込みました。

私は死にかかっていました。村の長のハジ・アリーと村の人たちが私の世話をしてくれました。自分たちが持っている一番高価な絹で出来たキルトを私にかけてくれました。食事と砂糖がいっぱい入った紅茶を持ってきてくれました。すぐさま全部を平らげました。すると、村の人たちはもっと持ってきてくれました。コルフェ村の人たちには食べるものが十分ないし、砂糖が村人たちには貴重なんだということを、当時私は知りませんでした。

Part2 本文和訳

ゆっくり回復するにつれて、パキスタンのこの地域での人々の暮らしぶりについて、どんどん多くのことがわかってきました。その村は岩だらけでゴツゴツした山の斜面にあり、村の人たちは、驚くほど熱心に働いて、自分自身の食ベ物を育て、動物の世話をしていました。また、子供たちのうちのほとんどが、食べ物を十分に食べていなくて、栄養失調に苦しんでいるのに気づきました。子供の3人に1人は、1歳まで生きていませんでした。

こうした子供たちを助けることにしました。ハジ・アリーに頼んで、学校に連れて行ってもらいました。私は学校を見たときに、ショックを受けました。これほど劣悪な学習環境は1度も見たことがありませんでした。78人の男の子と、4人の女の子が外の冷たい地面にひざをついて勉強していました。K2の頂上に到達することはそれほど大切ではないと、私は突然、感じました。何かずっと大切なことに気づいたのです。コルフェ村の子供たちのために学校を建てることにしました。

Part3 本文和訳

アメリカに帰ってから、学校のためにお金を集め始めました。看護師として稼いだお金を貯められるように、私はできるだけ安上がりに暮らしていました。私は寄付をお願いする手紙をたくさん書きました。

募金運動の間、十分なお金を集め、そして私の計画の真の支援者を見つけました――タラでした。私は寄付パーティーでタラに出会って、恋に落ちました。2人は出会って6日後に結婚しました。タラの支えがあるとわかっていましたから、1995年にパキスタンに戻るのはずっと簡単でした。

コルフェ村に学校を建てるのは、まったく簡単なことではありませんでした。村に建設資材を運ぶために川に橋を作らなければいけませんでした。思っていたよりも長くパキスタンにいなければいけなくて、私は仕事を失ってしまいました。私は人をひどくこき使ったのですが、建設は非常にゆっくりとしか進まなくて、よくイライラしていました。

Part4 本文和訳

ある晴れた日の午後、ハジ・アリーは私の肩を叩いてこう言いました。「初めて、私達と紅茶を分け合う時は、お前はよそ者だ。2回目にお前が紅茶を飲む時は、大切なお客さんだ。3回目に紅茶を一緒に飲めば、もうお前は家族なんだ。私は家族のためなら何でもする覚悟はしている。紅茶を3杯一緒に飲むんだ、そうすれば、お前のためなら村の人間は何でもするさ。」 人と人の関係を作ることが人生で一番大切なことだと、村の長は教えてくれました。

1996年、学校は完成しました。そのときからずっと、私はパキスタンとアフガニスタンで学校を建設するために活動し続けてきています。かなりの数の障害に直面したことがあります。2001年9月11日のテロリストの攻撃の後、私はたくさんのいやがらせの手紙を受け取りました。送り主は私をイスラム教徒を手助けする「裏切り者」と呼びました。タラは私にこう言って励ましてくれました。「今までよりも今の方が、教育を通じて平和と希望を推し進めるあなたのメッセージに、みんな耳を傾ける必要があるわ。」

今では、私は識字率を向上させることと、平和を推し進めることの2つに人生を捧げようと決意しています。