ELEMENT 2 Lesson 8 Selective Breeding

Lesson 8 Selective Breeding 品種改良

  何世紀もの間,犬と人間は共存してきた。人間は,犬が提供する仲間付き合いや忠実さを楽しんできた。犬は,人間が与える世話や保護を享受してきた。しかし,犬は仲間付き合い以上の用途で用いられてきた。例えば,彼らを自然の狩猟者にする犬の能力を,人間は利用してきた。わずかな光ではっきりとものを見る能力は,目標を見つけるのに役立つ。彼らの優れた嗅覚は,狩猟のよい道具である。狩猟に加えて,犬の体力と忍耐力は人間にとって役に立つ。より大型な品種はしばしば,たいていは農場で,木材のような重いものを運ぶための使役犬として使われている。加えて,見ることができない(盲目の)人々が,より賢く早熟な品種を盲導犬として採用することも一般的だ。犬が提供してくれる多くの奉仕のおかげで,彼らは人間社会のかけがえのない一部となっている。

  犬は多くの役に立つ特徴を持っているが,人間は,犬の生来の能力を向上させるために,長いこと犬を品種改良してきた。猟犬は品種改良の一例だ。犬のつがいが,鼻の長さと鼻の穴の大きさに基づいた交配のために選ばれる。交配したつがいの子どもは,役に立つ狩猟者になるためになお訓練を必要とするが,熟練した猟犬や探索犬になることにおいて優位に立つだろう。品種改良はまた,犬の特定の性格,大きさ,形,そして魅力を改良するためにも行われる。例えば,もし品種改良がなければ,以前の型のブルドッグは,今日の彼らのように優しくはならなかっただろうし,ほとんどのプードルは,1色だけの毛皮を持つことはなかっただろう。長い間,犬の品種改良は人間にとってよいことであった。私たちが今日知っている犬の品種の多くは,この過程の成果なのである。

  しかしながら,品種改良は悪影響も与えてきた。人々は,品種改良を利用して,番犬や闘犬として役に立つ,より大きく,より強く,より野性的な品種をつくり出そうとしてきた。例えば(闘牛用の)ピットブルは,闘牛場で雄牛を押さえつけることができるように,強さと素早く動く能力を求めて品種改良された。(犬に雄牛を攻撃させる見世物である)牛攻めの慣習は,ほとんどの国で禁止されているが,この品種は今日でも,しばしば家庭用ペットとして生き続けている。多くの人々は,この犬種は,(攻撃性を持つように)念入りに交配されてきたために,人間にとって危険であると信じている。用心のため,これらの種は制限されるか禁止されるべきだと彼らは信じているのだ。ある特定の品種を禁止することに賛成している人々は,遺伝的特徴が,生まれつき攻撃的であったり,潜在的に危険であるように動物を方向づけていると強く主張している。

  攻撃性は,特定の品種の性質の一部だと主張する人々もいる。しかし,犬は生まれつき攻撃的なのではなく,攻撃性を教えるのは人間なのだと信じている人々もいる。ちょうど,若さや金持ちのイメージを表すために車や服を選ぶ人がいるように,犬もまた,地位の象徴として使われているかもしれない。例えば,(自分を)強く潜在的に危険であると見せたい人々は,その品種が見るからに強く攻撃的であるがために,特定の犬種に関心があるかもしれない。そうした(自分が)望んでいるイメージに合わせるため,犬の飼い主は,その犬を攻撃的に振る舞うように訓練するかもしれない。こういった飼い主は,ほえることや,場合によっては攻撃することが,よい行動のうちに入ると犬に教える。品種改良の禁止に反対する人々は,禁止されなければならないのは品種ではないと信じている。結局,品種にかかわらず,悪い飼い主が悪い犬を生み出すものなのだ。品種改良禁止に異議を唱える多くの人々は,飼い主は犬を所有し訓練する前に,免許を取ることが義務づけられるべきだと主張している。

  品種改良禁止の議論にかかわらず,この先の長い年月,犬は人間と共存していくだろうと言って間違いない。犬は多くの方法で人間に仕えている。彼らは,友人であり,狩猟の道具や助けであり,また,娯楽の源泉だったり,求めるイメージを具現化したものであったりする。(人間への)奉仕の域を越えて,この動物への人間の愛慕と愛情が,人間社会での犬の現在の,そして今後も変わることのない,「人間の最良の友」としての立場を保証している。