ELEMENT 2 Lesson 10 Water Crisis

Lesson 10 Water Crisis 水危機

  地球はときどき水の惑星と言い表されることがある。実際に,宇宙から見ると,その表面はほとんどすべて水で覆われている。地球に水が豊富であることは事実だが,資源としての水は,私たちが思っているほど豊富というわけではない。

  地球上の水の約 97%は塩水で,飲んだり農業に使ったりすることはできない。これで残りはたった3%だが,それすら,私たちがそのすべてを利用できるわけではない。ほとんどは雪としてや,氷河の中や,永久凍土と呼ばれる恒常的に凍った土の中に蓄えられているため,私たちは実際には,惑星の水の全供給量のうち,0.5%しか利用できないのだ。

  世界のおよそ5億人が,水不足に直面している。人々は,必ずしも雨の多く降る地域に住んでいるとは限らない。そのような地域では,人々は水を井戸に頼り,時には,地下から水を多く採取しすぎている。湖や川といった地表水の供給が,たいていの場合またすぐに満たされるのに対し,地下水が再び満たされるには,さらに多くの時間を必要とする。従って,多くの地域で水不足に直面しており,2050 年までには,その(水不足の)5億という数字はおそらく4倍に増え,20 億人が水不足に直面するだろう。

  増加している世界の人口は,今では 70 億人を超え,水不足のもう1つの原因となっている。2000 年には,地球上にはおよそ 60 億人が暮らしていたが,2050 年までには,人口はまた半分増え,約 90 億人に達しているだろう。世界が将来,より多くの水を必要とすることは明白である。

  生活様式の変化は,水不足の別の理由である。1900 年には,1人1日あたり,平均で 350m3の水しか使っていなかったが,2000 年には,1人が約 642 m3(の水)を使っていた。人類は本当に,ますます多くのものに対して水を使っている。例えば,今では大量の水が,車やテレビ,コンピューター,携帯電話といった,すべてはるか以前には存在していなかった機器を製造することに使われている。環境に優しいはずのバイオ燃料を生み出すのに使われる作物を育てることにも,大量の水が消費されている。

  私たちの食習慣もまた,水の総消費量に影響している。私たちが食べたり飲んだりするものの多くは,いわゆる「仮想水」を通じて私たちのもとにやってきている。仮想水とは,間接的な水の利用のことを言う。例えば先進国では,人々はかなりの量の肉や魚を食べている。肉を生産することは,特に非効率的な水の利用であり,たった1kgの牛肉(の生産)に約 16,000L の水を必要とするのだ! 同様に,コーヒーを生産することも非効率的な製造過程であり,私たちが消費するコーヒー豆を生産するために,コーヒーの木1本につき,何百 L もの水を必要とするのである。

  かなりの量の水が使用されている別の分野が発電だ。水力発電(川の水の流れから生み出される電気)が,実際には水を消費しないのに対し,ほかの電力源は,水消費の相当な量を占めている。例えばアメリカでは,多くの発電所が,発電するのに核燃料か,石炭や天然ガスなどの化石燃料を使用しており,かつ,発電中にその装置を水で冷やさなければならない。水の多くは再利用されるが,約 2.5%は蒸発によって失われる。アメリカではおよそ 7,600 億 L の水が,火力発電所を冷やすために毎日使用されているので,(そのうちの)2.5%は 190 億 L の水に相当する。言いかえれば,アメリカの発電所によって蒸発で毎日失われる水は,約 14 万人のアメリカ人が1年間で必要とする水に等しいのである。

  私たちの水の状況について考える際には,私たちは「ウォーター・フットプリント(水の足跡)」にもっと注意を払わなければならない。ウォーター・フットプリントとは,商品やサービスを生み出すのに使われる真水の量のことである。現在,アメリカのウォーター・フットプリントは,世界で最大である。ほかの国々に食料を大きく依存している日本のようなその他の国々でも,ウォーター・フットプリントはとても大きい。仮想水とウォーター・フットプリントという対の概念は,現代の生活様式をつくる上でどのように水が使用されているかを理解するために,きわめて重要である。

  アフリカやアジアの多くの国々ではしばしば,人々は今なおきれいな水の利用を制限されている。そうしたきれいな水の不足が,そういった地域における多くの病気の主な原因である。たとえその水が健康に悪くとも,そこに住んでいる推定 10 億の人々は,それを飲んだり使ったりする以外に選択肢がないのだ。だからこそ,きれいな水があれば,多くの命が救われるだろう。

  水問題に対処するために,私たちは何ができるだろうか。まず,水の供給を共有している国々の間での,共同の水の管理が不可欠だ。例えば,世界で最も長い川であるナイル川沿いでは,10 か国がその川から水を使用している。ナイル川の下流は,エジプトやスーダン,南スーダンの砂漠を通り,2,700km に渡って流れているが,そこでは雨がほとんど降らない。これらの国々は現在,効果的かつ持続可能な方法で,どのように水を使うかを議論している。

  最後に,私たちは,個人によってどのように水が使われているかについてもっと注意深くなる必要がある。先進国に住んでいる人々は,発展途上国の人々よりも,はるかに多くの水を使っている。シャワーや入浴の便利さや,あるいは歯をみがいている間に流水を使うことの便利さすら,彼らが依存している限られた水の供給量の観点から考えると,ぜいたくなことなのである。私たちは,どのように水を使い,どのようにそれを節約できるかを見直すべきである。各人の努力がどんなに小さかろうとも,積み重なれば違いを生むだろう。